1869
明治2年
開拓使が設置される
1875
明治8年
屯田兵の移住
1888
明治21年
赤れんが庁舎完成
1890
明治23年
北海道で初めての電灯が点灯
福山倉庫のルーツは明治19年頃、創業者福山甚三郎が家業である回船問屋に従事し、数隻の帆船を持って福井県から北海道への回船を行っていたことから始まります。
明治24年11月に福山商店を創業し、札幌市中央区北4条⻄1丁目にて主に味噌と醤油を製造する醸造業を営み、加えて不動産管理業務、倉庫業務と事業を拡大して現在に至ります。
札幌という街の発展とともに歩んできた私たちの歴史をひもといてご紹介します。
FUKUYAMA SOUKO
HISTORY
SAPPORO HISTORY
1869
明治2年
開拓使が設置される
1875
明治8年
屯田兵の移住
1888
明治21年
赤れんが庁舎完成
1890
明治23年
北海道で初めての電灯が点灯
1891
明治24年
創業者福山甚三郎は家業である回船問屋に従事し、数隻の帆船を持って福井県から北海道への回船を行っていましたが、明治23年5月に利尻で持船の一隻が暴風雨により遭難したことにより、甚三郎は陸に上がる決心を固め、明治24年11月札幌市中央区北4条⻄1丁目で醤油醸造業として福山商店を創業しました。
1898
明治31年
創業から数年間、甚三郎は郷里の福井県坂井郡新保村(現在の坂井市三国町新保)で母を扶養していたため、札幌にいるのは一年の内数ヶ月だけでした。
その間、醸造業は甚三郎の末弟である米吉に任せていましたが、明治31年に甚三郎は一家を挙げて札幌に移住し、本格的に醸造業に専念することとなりました。
1914
大正3年
大正3年8月、創業者である福山甚三郎が没し、長男の甚作が甚三郎を襲名しました。
1918
大正7年
東区苗穂町2丁目に第2工場を建設し、醤油の他に味噌の生産にも着手しました。
1935
昭和10年
この年の9月に全生産設備を第2工場に統合し、空スペースとなった中央区北4条⻄1丁目の工場を営業倉庫として転用したのが倉庫業務の始まりです。当時の営業倉庫といえば、主として臨海倉庫であり、内陸倉庫は少なかった時代でしたが、札幌駅のすぐ前という地の利に恵まれた5棟の倉庫は好調な集荷が続き、順調に発展を続けました。また、この頃は福山家で所有していた農場の管理や小作料の収受等を行い、札幌市内に所有する貸地、貸家といった不動産の管理にもあたっていました。
1961
昭和36年
昭和30年代に入ると北海道では札幌への経済集中が顕著になってきました。早くから将来における札幌の発展を予見し、自社による土地の有効活用に着手するため、市内に所有する貸地貸家の解約を行い、中央区南2条⻄10丁目の土地に150坪の倉庫を建設し、「南2条営業所」として開設しました。
1969
昭和44年
中央区北2条東16丁目に所有していた1,100坪の用地に800坪の倉庫を建設し、「東営業所」として開設しました。
1918
大正7年
市電開業
1920
大正9年
札幌市の人口が102,580人になる
1950
昭和25年
さっぽろ雪まつりが初開催
1957
昭和32年
札幌テレビ塔開業
1970
昭和45年
札幌市の人口が1,010,123人になる
1971
昭和46年
倉庫業務の拡大を続けてきた昭和46年12月23日、創業地である中央区北4条⻄1丁目で福山商店から株式会社福山倉庫へと組織を法人に改め、倉庫業と不動産賃貸業を目的とする会社として新たなスタートを切りました。
1978
昭和53年
この年の3月に南2条営業所の所在地に札幌市による中央区⺠センターの建設が計画され、福山倉庫に協力要請がありました。また、4月には創業地である中央区北4条⻄1丁目の倉庫及び本社所在地にホクレン農業協同組合より、ホクレンビル建設用地として賃貸借契約の協力要請があり、同年10月より5棟の倉庫の取り壊しが始まりました。
1980
昭和55年
この年の11月にホクレンビルが竣工し、福山倉庫は区分所有した地下1階「ホクレンパールタウン」の一部を本社事務所として活用、その他のスペースはテナントを誘致し、店舗としての運用を始めました。
1971
昭和46年
市営地下鉄南北線開業
1972
昭和47年
さっぽろオリンピック開催
政令指定都市となる
1976
昭和51年
市営地下鉄東西線開業
1981
昭和56年
中央区南2条西10丁目の南2条営業所の取り壊しを行い、札幌市、日本住宅公団(現UR都市機構)、福山倉庫の3者でビルを建設。ビルは区分所有し、札幌市が所有する「中央区民センター」、日本住宅公団が所有する「札幌狸小路市街地住宅」、福山倉庫が所有する「パールタウン」の機能を持つ複合ビルとして運用を始めました。
1985
昭和60年
苗穂アンダーパスの建設に伴い、東営業所の所有地1,100坪の約半分が収用されたため、800坪の倉庫は約200坪の定温倉庫へと全⾯改修を行いました。この収用の代替資産として、⻄区⼆⼗四軒の所有地に「パールビル」の新築と白石区米里1条4丁目に倉庫建設用地の取得をしました。
1986
昭和61年
1986年まで中央区南4条⻄10丁目で全自動の連続洗車場を運営し、年間25,000台の取扱いをしていました。昭和61年4月に廃止の後は跡地にオフィスビルと倉庫棟を新築する計画をスタートさせました。
1987
昭和62年
昭和60年に倉庫用地として取得していた白石区米里1条4丁目に高床式の平屋倉庫2棟を建設し、「米里営業所」として開設しました。
1988
昭和63年
市営地下鉄東豊線開業
1991
平成3年
1991
平成3年
この年の1月、米里営業所内に定温・暖房設備を備えた5階建ての高層倉庫棟を新築しました。また、同年3月には洗車場跡地に都市型倉庫として、4階建ての「中央営業所」及び5階建てのオフィスビルとして「フクヤマビル」を建設しました。米里営業所の増築と中央営業所の新設により、よりキメ細かい商品管理サービスが可能となり、物流形態の変化に対応した新しい姿の都市型倉庫となりました。さらにこの年、不動産管理部門として株式会社ヤマトフクヤマを設立しました。
1996
平成8年
中央区南11条西8丁目に二層の自走式駐車場を併設した11階建て31室の賃貸集合住宅
「パールイレブンマンション」を建設しました。
1998
平成10年
東区苗穂町2丁目及び白石区流通センター内に倉庫群を所有していた関連会社であるトモエ倉庫株式会社、不動産部門の株式会社ヤマトフクヤマ、株式会社福山倉庫が合併し、新たな福山倉庫となりました。これにより、「苗穂営業所」及び「大谷地営業所」の運営を開始しました。
1998
平成10年
中央区南3条⻄10丁目の所有地に収容台数68台の立体駐車場2機を併設した「福山南三条ビル」を新築し、本社機能をホクレンビルから移転しました。
2000
平成12年
福山南三条ビルに収容台数34台の立体駐車場3号機を増築しました。
2002
平成14年
福山南三条ビルの増築ならびに収容台数56台の立体駐車場5号機を増築しました。
2004
平成16年
福山南三条ビルに収容台数32台の立体駐車場4号機の増築により、立体駐車場の合計収容台数が190台となりました。
2004
平成16年
東区苗穂町2丁目苗穂営業所内に危険品倉庫を建設しました。
2014
平成26年
苗穂営業所事務所の建て替えを行いました。
2016
平成28年
2017
平成29年
倉庫業の使命である「生活に必要な物資を安全かつ効率的に保管することにより、人々の生活に利便性と安定をもたらす。」という方針のもと、倉庫部門においてISMS の認証取得をしました。
2021
令和3年
2024
令和6年
1997
平成9年
コンサートホールKitara開館
2001
平成13年
札幌ドーム(現 大和ハウス プレミストドーム)開業
2011
平成23年
札幌駅前通地下歩行空間開設
2018
平成30年
札幌文化芸術劇場 hitaru開館
私たちは1891年の創業から札幌の発展とともに成⻑を続けてきました。
現在、倉庫部門では普通倉庫・定温倉庫・暖房倉庫・トランクルームを有するフルラインの営業倉庫業者として、不動産部門では貸地・貸店舗・貸事務所・駐車場を有する総合不動産賃貸業者として活動しております。
これからも街とともに歩み、企業活動を通じて未来を担う子供たちが安心して暮らし続けられる街づくりと地域経済の発展に貢献し、次の世代へ安心できる環境を引き継ぎ、社会から必要とされる存在でありたいと思います。